NISHIO GARAGE


Release 2001         

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2001  Vol. 18 issued Dec. 18


ニシオガレージ・ファンタスティック・クリスマス

 

走りまくった人もそうでない人も、満足の一日?

 

〜 お若い西尾雄次郎が13人を助手席に乗せて出血大サービス 〜

 

 

寒波がやってきた週末

「ただの練習会ではなく、楽しくてなおかつためになるイベントをやりたい」と西尾が言うので、とりあえず「ニシオガレージ・ファンタスティック・クリスマス」というタイトルをつけてお知らせを出したものの・・・

 

例のごとく西尾本人は、「参加者の人数が決まらないと何も決められない」と言っていっこうに予定をたてようとしない。そうこうするうちに、とうとうその週を迎えた。

 

天気予報によれば、週末には寒波がやって来るという。それでなくてもその週はいつになく寒かった。中には、「スタッドレスを履いていったほうがいいかも」と言い出す参加予定者も。「雪が降ったらどうするんですか?」と心配そうに聞く人たちに、雪が大好きな西尾は、「雪が降ってもやるで〜、あたりまえや!」とウキウキ顔で答える。

 

土曜日の午後、コース整備に立ち会うために現地へ着くと、雪がちらちらと舞い、水溜りは凍り、風がびゅうびゅう吹いて、メッッッッッチャクチャ寒い。管理関係者によれば、「このあたりはいつもいい天気なんです。京都市 内で雪が降っても、ここは降りませんよ」ということだったが、これほどの寒波が来ると今夜は雪が積もるのでは、と少し心配になってきた。

 

水溜りの水を抜いてもらい、盛り上がったところを削ってもらって、最初と比べてかなり走りやすい路面になった。しかし、ラリー・オブ・京都で使っていた一段高くなっているほうの敷地は、ところどころ陥没が起こっていて、簡単に修復できるような状態ではない。残念だがそちらの敷地を使うのはあきらめて、低いほうの部分だけでなんとかコースを作ろうとした。

 

が、それではどうも狭すぎる。そこで、ラリー・オブ・京都では観客エリア&競技車両の駐車場になっていた場所も、コースに使えないかと西尾が言い出した。「ええっ、それは危ないですよ!」とコ−ス整備の井上さん。というのも、そこに入るには溝をまたぐ橋を渡らなければならないからだ。

 

しかし西尾は、「そんなこと言うてたら、ラリーなんかでけへんで。ラリーに行ったら、もっと危ないところもいっぱいある」と、まったく意に介さない。「た、たしかにそうなんですが・・・」 ――かくして、全長1.6kmのコースができあがった。

 

カニを食べながらスケジュール立案

土曜日の晩は、西尾を含めた12人の参加者が京都府立ゼミナールハウスに宿泊を申し込んだ。食物の持ち込みは実は禁止されていたらしいが、前日に北海道のジュンくんからカニが届いたばかりだったので、西尾はそれと缶ビール1ケースを持ってきた。

 

といっても、カニを食べることができたのは7時ごろまでに来た5人だけ。面倒さをモノともせず一番たくさん食べた阪田は、「カニつきで1泊2500円は安い!」とウハウハ。まあ、ゼッケンやステッカーの袋詰めを手伝ってくれたので、そのお礼というと ころでしょうか。ずっと後で着いた人たちは、カニのことも知らずに平和だったが、ちょうどカニが食べ尽くされた頃に着いた清井/山中コンビは、一番悔 やしそうだった。

 

さて、翌日のスケジュールは、「練習会で一番アホらしいのは長い列に並ぶこと。とにかく並ばずに走れるようにしたい」と言う西尾の意見を反映して、10台ずつぐらいのグループに分けて1グループあたり30分の走行枠でまわしていくことにした。ビデオ撮影は、当初は3回ぐらいするつもりでいたが、どうせ見るヒマもないだろうということで1回だけに。

 

最初はできるだけ短い間隔で回数を多く走れるよう、コースの重複がないショートコース(800mぐらい?)で20秒〜30秒間隔で出走させようかと考えたが、タイムトライアル(1回目を午前中の最後に設定)は長いコースでするほうがよいので、やはり朝からフルコース1.6kmを走ってもらうことにした。

 

もう一つ西尾がしたかったことは、まず最初に参加者全員を「講師」の横に乗せて、目指すべき走り方を体験してもらうこと。そうすることで良いイメージを頭に植え付け、それに近づくことを目標に練習してもらおうというのが狙いだ。そこで、参加を申し込んできた人たちの中で「上級者」と西尾が判断した人には、講師になってもらうようお願いした。

 

今回の講師は、ダートラから吉村修選手、人見雅子選手、大竹公司選手、阪田巌彦選手、ラリーからは清井克紀選手、上村智也選手、景山陽彦選手、そして西尾雄次郎の合計8人。朝一番に、参加者はこれらのうちの誰かの横に乗せてもらう。講師は全員を乗せてしまうまで何度もコースを走るので、それが同時に自分の練習になる、という具合。

 

さらに、スポンサーが提供してくれた品物をどういう人にあげるかというのも前夜のうちに決めるつもりだったのに、スケジュールが決まって袋詰も終わったらもうすっかり気が緩んで、その話はせずじまい。夜がふけるにつれて人が増えて賑やかになっていったが、翌朝は早いので、12時頃に自然とお開きになった。

 

予定外に多すぎた同乗走行

  翌朝最初に起きたのはやはり西尾だった、らしい。(筆者は幸運にも別の棟に宿泊していたので、”カーテンをシャーッと開ける音”で目が覚める、という運命は免れた。)コスモスパークまでは15分ほどで、6時半に出発すれば充分なはずなのに、西尾がGDBのエンジンをかけたのは5時すぎのこと。その頃には全員起床して(させられて)、まもなく府立ゼミナールハウスを後にした。

 

せっかちな西尾が指揮をとるので、どんどん何でも前倒しになる。まだ暗いうちから慣熟走行が始まった。明るくなった頃には受付も開始。ホームページのお知らせでは振込み時期によって参加料が異なるため、当日払いは高くなるはずなのだが、ニシオガレージに電話で問い合わせてきた人たちにはきちんと説明されていなかったことがわかった。それで、わざわざ振込手数料を使って事前に参加料を振り込んでくれた人には、お詫びにカヤバのトレーナーをプレゼントした。

 

8時に全員集合して簡単に講師紹介とスケジュールの説明。そしてすぐに同乗走行に移るが、「同乗走行をしますのでヘルメットを持って本部テント前に来てください」と言ってもどうも参加者の出足が鈍い。そこで司会者が、「西尾さんの横がまだ空いてます。早いもの勝ちです」と言うと、ヘルメットを持った人たちがわさわさと本部テントに向かって走って来た。最初に到着した女の子が西尾雄次郎の助手席をゲットして、大喜びで乗り込む。

 

来た人から順に空いている講師のクルマに乗ってもらい、次々とコースへ。全員1回ずつにするために名前を聞いてチェックしていたが、半分ぐらいの人が乗り終わる一方、また他の講師にも乗ってみたいという人がそのまま本部テント前で待っている。

 

 まだ乗ってないのは、よく知っている人たちだったので、「まあ、こんな人はいつでも乗れるからいいか」ということでわざわざ「早く乗ってください」と声をかけたりせずに放っておき、「また乗りたい」と言う人を別の講師に乗せてあげた。

 

5回ほどの同乗走行を終えた西尾が、本部テント前にまだ何人もが並んでいるのを見て、「まだ乗ってない人がこんなにたくさんいるのか?!」と驚いて聞く。「いいや、まだ乗ってない人は知り合いばっかりで、ここに並んでる人は何回も乗りたい人」と答えたら、「えーっ、1回だけにしてよ、講師ももうみんな疲れてるで!」

 

なにしろ、1.6kmといってもコースがせこいのでハンドルを回すのが忙しく、ラリーで走る林道よりも疲労度は大きい。講師の人たちはそのコースをたて続けに5〜6回も走ったために、もうヘトヘトという感じ。講師が8人で、それ以外の参加者が30人いるので、講師一人あたり3〜4人のはずだったのに、「なんでオレは5人目を乗せてるんだろう?」と思っていた人もいたらしい。「同乗走行は現在の回をもって終了します」というアナウンスに、講師は一様にホッとしていた。

 

長いコースで走りがいアリ

  講師は8人中5人がインプレッサ、その他の参加者は30人中15人がインプレッサ(うち3人がGDB)と、さすがニシオガレージ主催だけあってインプレッサが圧倒的に多い。次はランサーで、講師のうち3人、一般参加者のうち7人。残りの8人は、ミラージュ3人、スターレット2人、シビック1人、アルト1人、ギャラン1人、という構成。グループ分けは車種やレベルに関係なく、早く走りたいか後で走りたいかという希望によってそれぞれ好きなグループを選んでもらった。

 

同乗走行が終わると9時半までの30分はAグループの走行枠。同乗走行でまの当たりにしたハイレベルな走りに刺激を受けたばかり、だったせいかどうか、先頭ゼッケン11番の大月選手はかなり過激に攻めている。コース整備の人が「危ない」と心配していた橋にすごい勢いでさしかかるのを見て、西尾が思わず、「ああっ、速過ぎる!」と声をあげた。しかし大月選手はインプレッサを見事にコントロールして橋越えをクリア。西尾は「はあっ」と大きなため息をつき、「あれだけ走れるのに、なんでジュニア戦で勝たれへんのや?」とついボヤキが出る。

 

コースの一部が重複しているので、前走車が2周目に入ってからしか次を出すことができない。そのため、1グループ30分の走行枠では全員に3回以上走ってもらうのはムリな感じになってきたので、走行時間を延長して、少なくとも3回は走ってもらえるようにした。

 

しかし、Aグループでは最初のうちコースに一度に3台入れたりしていたので、まんまと4回走った人もいる。その一人が愛知県から参加した堀田選手。全日本ラリーにも出場しているので、講師になってもらってもよかったのだが、直前の参加申し込みだったために一般参加者のグループに入っていた。

 

 堀田選手は、「できるだけたくさん走りたい」と言っていたので、午前中30分の走行枠では不満かな?と思って聞いてみたら、「いや、コースが長いのでかなり走りがいがあって面白いです」と上機嫌。しかも、「僕は4回走れたし」とニンマリ。

 

真剣勝負のタイムトライアル

 午前中の最後はタイムトライアルで締めくくり。ホントは2回やりたかったのだが、1分間隔でしか出走させられないので時間が足りず、1回だけの計時になった。このタイムトライアルの模様は、全車をビデオ収録して次々とモニターで流すつもりだったので、3台のカメラを用意した。

 

ゼッケン順の出走で、先頭は1番の西尾。朝イチの同乗走行のときに、次に西尾の横に乗れるとヘルメットを被ってスタンバイしていたのに、そこで終わりになって一瞬ガックリきた人、お待たせしました! (Q&AコーナーNo.49にご紹介した人です。) 西尾のタイムは1分50秒19、清井選手はマシントラブルでリタイヤし、ゼッケン3の阪田選手は1分51秒24。

 

阪田に負けるかもしれない、とドキドキしていた西尾だが、そのタイムを聞いた途端、一気に態度がでかくなり、阪田に向かって、「へっ、口ほどにもないヤツめ!」と叫ぶ。毒舌家・阪田のことだから何か言い返すかと期待したが、このときはおとなしく黙っていた。体調でも悪いのかな?

 

みんなに真剣に走ってもらいたかったので、本当の競技会のように、フィニッシュ直後にタイムをマイクでアナウンスしていった。それが効いたか(?)、出走を待つ参加者たちの表情は、競技会のときそのままに緊張感がみなぎっている。出走待機エリアには、練習会とは思えない張りつめた空気が漂っていた。

 

といっても、そこはやっぱりホンモノの競技会ではなくてあくまでも練習会。ちょっとぐらい出走順序が狂ってもかまわないし、パイロンタッチやミスコースもノーカウント。いったんはリタイヤした清井選手も、クルマを直して21番の後で再出走した。しかし、不幸にしてダブルエントリーの相手のほうが走ったときにクルマが壊れ、出走できなくなってしまった人も。こうして、30台のうち25台が無事に計時を終え、午前の部は終了した。

 

午後は走り放題

  昼休みにコース整備が入ることになっていたが、まだその井上さんが来ないので、それまで走りたい人にはコースを開放することに。さっそく、「できるだけたくさん走りたい」と言っていた堀田選手と上村 選手を始め、4〜5人が走り始めた。いっぽう、みんながタイムトライアルにマジになっていたので、ビデオを流すのは止めていたが、タイムトライアルが終わったのでさっそく本部テントでその放映を始めた。

 

幸いに気圧配置が急に変わって日曜日は寒さがゆるんだ。風も吹かず、ぽかぽかと暖かい陽射しのもとで、参加者は豚汁を食べながらタイムトライアルのビデオを見ている。いや〜、いい天気になってホントによかった。「日ごろのオコナイやな」と、得意満面の方もいらっしゃいました。

 

朝イチには、「午後の予定も午前と同じ」と説明したが、コースが荒れてきたので午後はレイアウトを変更することにした。それに、午前中にけっこう走って満足した(というか、疲れて「もうええわ」と思っている)人もチラホラ出てきたので、午後は走りたい人に好きなだけ走らせてあげようということになった。計時もそう大変ではないことがわかったので、全走行を計時することにした。

 

一応、最初の回はゼッケン順にほぼ全車が出走したが、2回目には、「もうけっこう」という人や、クルマが壊れて走れない人が3割ぐらいに達した。そして3回目になると半分以上の人が棄権。こうして、4回目ぐらいからは、堀田選手と上村 選手と西尾選手、そしてギャランで参加した関学の学生さんの間に、他の人がときどき交じっている、という状態になってきた。

 

それにしても堀田選手の走ること走ること。計時のオフィシャルは、「おサルになってる・・・」と半分心配、半分呆れ顔。しかも驚いたことに、クルマのほうも今日はまだノートラブル。実はこの堀田選手、全日本ラリーに来ると早々にクルマが壊れてリタイヤしてしまうことが多く、ひどいときはレッキでリタイヤしている。

 

申し込んできたときに、「できるだけたくさん走りたい」と言っていたが、「どうせまたすぐにクルマが壊れて走れなくなるのに」と堀田選手を知る人たちは言っていた。本番のラリーでこそ今日のようにノートラブルで走れればいいのに、なかなか世の中、思いどおりにはいかないものです。

 

不幸な人たちには同乗走行とオミヤゲを

  西尾は自分が走るときに必ず誰かを横に乗せることにしていたが、特に、クルマが壊れて走れなくなった人に優先的に声をかけた。しかしとうとう13人目を終えたときに、「頭がぼうっとしてきた、もうやめとくわ」と音を上げた。

 

コース脇には家族づれなどのギャラリーも何人か来ていたらしい。本部テント前に来てくれれば、走っている人の横に乗ってもらうこともできたのに。Q&Aコーナーに質問を送ってきたRouchan99さんは、しっかりテント前にやって来て、西尾と清井選手の同乗走行を体験して帰った。

 

だんだん走る人も少なくなってきたので、3時15分で走行を終了し、本部テント前で閉会式。まず、クルマのダメージが大きかった人から順におみやげを渡すことにした。エンジンが壊れた2人には、ウィランズの4x4シートベルト。次に、ミッションが壊れた大月選手にブリヂストンのトレーナーを。ドライブシャフトが折れた人たちにはブリヂストンのTシャツ、という具合。

 

クルマが壊れた人に賞品(?)がゆきわたったので、次はSTI提供のスバル360携帯ストラップ&キーホルダーのセットを希望者10人に。そして最後に、あと一つ残ってたことに気がついたウィランズのシートベルトと、残りのTシャツ2枚と、プリングルス1箱をかけて全員でジャンケン大会。しかし、ジャンケンの弱い西尾が仕切ると、いつまでたっても勝ち残り人数が減らないことが判明。ジャンケンの強い晝田選手にバトンタッチすると、期待にたがわず、たった2回で勝ち残りを4人に絞った。

 

4人にはジャンケンで勝った順に好きなものを選んでもらったが、ほしいものがそれぞれちがっていたようで、勝った人も負けた人も、望みどおりの品をゲットするというハッピーエンド。とくに、プリングルスを勝ち取って飛び上がって喜んだ佐々木選手の姿は印象的だった。これでニシオガレージ・ファンタスティック・クリスマスも無事終了。皆様、お疲れさまでした。

 

 次回は2月下旬か3月上旬ごろに開催することを目標に、現在また新しい企画を練っているところ。ちなみに、今年4月に広島県タカタテクニックステージで開催した「ラリースクール」では、全車のスタート時刻を最初から最後まで1分間隔で指定し、全長2.8kmのコース(午前と午後は逆まわり)を各車14回ずつ走ってもらって全てを計時した。今回は午前中のみ30分枠で走行時間を区切り、午後は自由走行で、最多周回者の堀田選手は合計15回も走った。

 

さて、次回はどんな内容になるか? より充実した「練習会イベント」に育てるため、まだまだ試行錯誤は続きそうです。 

 

 

Date  2001年12月16日
Place

京都府京北町・コスモスパーク

Weather  晴れ