NISHIO GARAGE


Release 2005      

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2005  Vol. 4 issued April 18


西尾雄次郎率いる新しい体制が2005年に向けて始動

 

ドライバーは元Wカップスキーヤー

〜  初めて乗るインプレッサは、「よく曲がるし、とても乗りやすい」  〜

 

2005年のニシオガレージは参戦体制を一新し、西尾雄次郎が監督専任となって新しいドライバーを全日本ラリー選手権に送り出す。そのドライバーは平林織部(注:「おりべ」ではなく「おりぶ」と読む)。すでに「ベストカー」誌などで紹介されているように、スキー界では元国内トップクラスのダウンヒルレーサーとして その名を知られる存在だ。


スキー選手を引退した頃からラリーを始め た平林は、JAF中部・近畿地区選手権ではピカイチの速さでライバルたちを恐れさせていたらしい。ただ、当時の国内ラリーは速いだけでは勝てなかった。西尾も当時は全日本の戦いに明け暮れ、地区戦でどんな選手が活躍しているのか、全くと言っていいほど知らず、興味もなかった。その後、平林は結婚、転職もあって3年でモータースポーツ活動を断念したが、7年間のブランクを経て2002年から活動を再開していた。

 

西尾の目にとまったのは2004年の新城ラリー。西尾は現地でその走りを見たわけではなかったが、リザルトを一瞥して平林に「速さ」を感じた。そして、スキーのインストラクターをしているニシオガレージの顧客から平林の経歴を聞き、その「速さ」に納得。さらに、11月から12月にかけて、プラザ阪下、テクニックステージタカタ、林道と3か所でテストを行った結果、自分は引退して平林に勝負させることを決めたのだ。

 

平林のドライビングには、ダウンヒルレーサーの片鱗がうかがえる。アルペン種目の中でも特に、雪面の抵抗や斜面の勾配 に対して比類ない敏感さが求められる滑降競技で培われた感覚は、当然ながら路面のグリップに対しても極めて鋭敏だ。最も効率よく加速できるスロットル開度を自然に探し当てる彼のアクセルワークは独特で、これまでのどんな国内ラリードライバーとも異なっている。

 

現役レーサー引退後の平林は、ヤマハのワールドカップチームスタッフとしてスキーの開発テストや現地での事前セットアップに携わり、ヤマハがスキーから撤退して以後は、「ハート」ブランドのスキー開発テスターを務めてきた。そういう仕事におけるのと同様、平林は車両のセットアップやタイヤについても 微妙な違いを敏感に感じ取り、その違いを的確な言葉で表現する。これは車両開発には欠かせない能力であり、トップドライバーになるための必須条件でもある。西尾が彼に後を託す気持ちになった大きな理由 も、ここにあった。

 

11月に大阪に来て生まれて初めてインプレッサを運転したとき、最初はかなりの戸惑いを見せたものの、平林は1ラップごとに着実にクルマの特性をつかんでいった。2月上旬からは昨年の西尾車を預けられ、自主トレーニングを積む日々だ。これまで は周囲から「インプレッサは扱いにくい」と聞いていたそうだが、西尾のセットアップしたインプレッサは「よく曲がるし、とても乗りやすい」と言う。といっても、雪深い白馬村では土の上を走ることはまだできない。3月末に広島で今年初めて グラベルを走ったときは、感覚をとり戻すのに数時間を費やした。

 

スキーレーサーとしての華々しい経歴は過去のものとして、これからはラリードライバーとしてその力を試そうという平林。5月下旬の開幕戦「ひえつき」では、Team 5ZIGENのレーシングスーツに身を包んでギャラリーの前に姿を現すことになる。彼にとっても西尾にとっても、あらたな勝負の瞬間が、刻一刻と近づいている。